言葉をめぐる旅 plus CRT-D

じぶんの病気の付き合い方を考えるブログ

話しかけたいが... [入院 #14]

心臓CTの検査が終わり、妻と子どもが病室に来た。病室は大部屋なので、内科病棟のナースステーションの前のフロアで面会することになった。子どもが定期試験のことや部活のことなど、学校の様子を話しかけてきた。子どもの話を聞き、それに対して子どもに話しかけたい。子どもは脳梗塞が原因で私がよく喋れないことを知っている。家族と会話がしたいという思いは、病気が快方になる時が来れば、それを叶えてくれるのか。何時なったらその時はやってくるのか。それは誰に解答を得ればいいのだろうかと自問する。病院に病気のことを自分自身で聞けばいいと思う。自分で質問内容を言葉で論理的に思考するが、脳梗塞で失われた言葉を見いだせず、そこまで至らない。頭の中が疲労してしまう。病気に対して明確な解答を得ようとするなら、その質問のポイントがずれているかどうか、言葉で考えなくては、的確な回答を得ることはできなかろう。質問される側は曖昧な回答しかしないだろう。全くもって自分自身が、質問内容を言葉で考えることができず、すなわち、自身が言葉で自答する術がなく、その質問も考えることができないということになる。自問自答すること自体、困難だ。全くもって厄介な病に見舞われた。家族に話しかけたいだけなのに、それもままならない。家族が帰って、夕方になると担当医が病室に来た。心臓CTの検査結果を伝えに来たようだ。